K3 IS: 低電子線照射量電子顕微鏡観察と触媒との出会い

はじめに

その場、またオペランド透過電子顕微鏡観察法は、活性な触媒の観察がナノスケールで可能です1。しかしながら、TEMで行う観察においては電子線による様々なマイナスの影響が生じます。これらの影響は完全に理解され考慮されているわけではなく、ある種の材料に対しては観察そのものが困難になります。電子線照射による影響を緩和するためにこれまで照射電子線量自体を抑える努力が払われてきましたが、これは同時に空間/時間分解能、あるいは観察可能時間の犠牲の上で行われてきました。

電子線照射に敏感な生物系試料の観察に対して広く用いられている低電子線照射量TEM観察のクライオEMのブレイクスルーが、近年のカメラ技術の進化によって果たされてきました。今日では、低電子線照射条件下において試料を透過するほぼ全ての電子が独立したものとして識別され計数処理(カウンティング処理)されます。”計数処理された”像はこれまでに無い像質のものとなっています2。この電子の計数処理技術は、電子線照射による影響を抑えながら触媒のダイナミクスを研究する上で有効であり、金属有機複合体(MOF)のような電子線照射に敏感な材料の観察や連続観察における耐久性や分解能を高めることも可能となります。

観察手法

動画データの取得には、全てGatan社製カメラを備えたTEMを使用しています。ビデオ1は KAUSTのFEI社製Titan80-300に装着されたK2® カメラの電子カウンティングモードを使用して取得したZIF-8 MOFの動画データです3。 ビデオ2はGatan 社に設置されたFEI社製Tecnai透過型電子顕微鏡に装着された K3™ IS 電子カウンティングカメラとRio™ 16 IS カメラを使用して取得したハイドロキシカンクリナイト・ゼオライトの動画データです。ビデオ3は同じTecnaiに装着されたK3 IS電子カウンティングカメラを使用したCu-Sn合金の動画データで、観察中のCu-Sn合金の試料加熱にはProtochips社製のFusionホルダーを使用しました。

観察結果

ビデオ1はMOF試料の電子カウンティング後の3秒間の積算像を示しています。これまでのカメラでは、容易に照射電子線によって構造が破壊されてしまうためこのような高い空間分解能でMOFの像を捉えることは不可能でした。ビデオ2は電子線照射に敏感なゼオライト試料(Si/Al比が1.2)の観察結果を示しています。左側のビデオは、高感度ではあるものの電子カウンティングを行っていないRio16 ISカメラで取得したものであり、一方右側はK3 ISカメラの電子カウンティングモードで同一の撮影時間で取得したものです。電子カウンティング処理を行ったビデオでは、このような低い照射電流密度においても高い空間分解能で試料の詳細な構造が示されています。ビデオ3は電子カウンティング処理されたその場観察TEMビデオです。Cu-Sn合金 (10:90) を600 ℃まで加熱し, この温度では合金は分離し純Snの小さな粒子と大きな粒子が残ります。ビデオは2分間の長さで毎秒20フレームの速度でありながら、照射電流密度は僅か27 e-2/sで総照射電流量は3240 e-2でした。 これまでのTEMカメラでは、同様の結果を得るために最低5倍の照射電流密度が必要であると考えられます。

ビデオ1: Gatan社製K2 Summitカメラを使用しZIF-8 MOFの各像の電子カウントを積算し取得。照射電流密度 1.4 e-2/s 、総照射電子線量 4.1 e-2 の条件下で3秒間、トータル120枚のフレームを使用して像を取得。KAUSTのFEI社製Titan80-300に装着されたK2® カメラの電子カウンティングモードを使用して加速電圧300kVで取得1。 最終的な像を得る前に個々のフレームのアライメントを行った上で積算しています。 1Zhu, Y., Ciston, J., Zheng, B., Miao, X., Czarnik, C., Pan, Y., Sougrat, R., Lai, Z., Hsiung, C.-E., Yao, K., Pinnau, I., Pan, M., Han, Y., 2017. Nat. Mater. 16, 532–536. 圧縮の無い高解像度の動画はこちらからダウンロードください

ビデオ2: K3™ IS 電子カウンティングカメラとRio™ 16 IS カメラを使用して取得したハイドロキシカンクリナイト・ゼオライトの二つの動画データの比較。左側のビデオはRioカメラを使用して取得し、右側はK3 ISカメラの電子カウンティングモードを使用し新しい視野から同じ撮影時間で取得。いずれのデータセットも20フレーム毎秒で、照射電流密度は 10 e-2/s, 総照射電子線量は 175 e-2で取得しています。 いずれのカメラも、Gatan社本社のFEI社製Tecnai透過型電子顕微鏡を用いて200kVで取得。試料提供はShery Chang (アリゾナ州立大学)、また試料はSi/Al比が1.2の非常に電子線照射に敏感なゼオライト試料です 高解像度の動画はこちらからダウンロードください

ビデオ3: K3 IS直接検出型カメラを使用し、照射電流密度は僅か27 e-2/s 、そして総照射電子線量は 3240 e-2ながら2分間のビデオを通じて合金の分離を明らかにしています。Cu-Sn (10:90) 合金 (USNano社から購入) をProtochips社製Fusionホルダーを使用し600℃まで加熱しています。温度が600℃に到達すると、合金は分離し純Snの小さな粒子と大きな粒子の双方が残ります。データは、Gatan社本社のK3 ISカメラが装着されたFEI社製Tecnai透過型電子顕微鏡を用いて200kVで取得。2分間のデータは20フレーム毎秒で取得。これまでのシンチレータを備えたTEM用カメラでは、同様の結果を得るためには少なくとも5倍の照射電流密度が必要です。ビデオは取得後にGatan Microscopy Suite® 3を使用してドリフト補正を行っています。高解像度の動画はこちらからダウンロードください

研究の意義

電子カウンティングカメラ技術の近年の進化によって、照射電子線による影響を抑えながら触媒のダイナミクスの研究を進めることが実現し、金属有機複合体のような電子線照射に敏感な材料の観察が可能となります。

 

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参考文献

  1. Miller, B.K. 2016, Development and Application of Operando TEM to a Ruthenium Catalyst for CO Oxidation, Arizona State University.
  2. Li, X., Mooney, P., Zheng, S., Booth, C.R., Braunfeld, M.B., Gubbens, S., Agard, D.A., Cheng, Y., 2013. Nature Methods 10, 584–590.
  3. Zhu, Y., Ciston, J., Zheng, B., Miao, X., Czarnik, C., Pan, Y., Sougrat, R., Lai, Z., Hsiung, C.-E., Yao, K., Pinnau, I., Pan, M., Han, Y., 2017. Nat. Mater. 16, 532–536.