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顔料分析のためのカソードルミネッセンスおよびX線分光法

はじめに

走査型電子顕微鏡(SEM)では、高度に集束された高エネルギー電子ビームを試料上で走査し、ビームと試料の相互作用によって生じる信号を記録します。これらの信号を電子ビームの照射位置と関連付けることで、画素ごとに詳細な画像や組成マップを構築することができます。

 

電子顕微鏡は、従来の光学的なイメージング手法よりも大幅に高い空間分解能を実現します。空間分解能が飛躍的に向上するだけでなく、物質内での電子の相互作用を利用することで、個々の顔料粒子の元素組成や光学特性を特定することが可能になります。

 

高エネルギー電子が物質と相互作用すると、そのエネルギーの一部が伝達され、光学遷移が誘起され光が放出されることがあります。この現象はカソードルミネッセンス(CL)と呼ばれます[1]。放出される光子の強度や波長を測定することで、組成の差異、結晶構造、欠陥、不純物などを明らかにできます。これは、根底にある光学遷移が局所的な環境に対して非常に敏感であるためです。

 

また、高エネルギー電子は、原子の内殻電子を弾き出すことで原子をイオン化させることもあります。その結果生じた空孔に外殻電子が遷移する際、エネルギーが「特性X線」として放出されます。このX線のエネルギーは元素固有のものであるため、エネルギー分散型X線分光法 (EDS)を用いることで、元素濃度が検出限界を超えている場合に、試料の元素組成を特定することができます。

 

適切な実験構成をとることで、CL信号とEDS信号を同時に取得でき、光学情報と元素情報を相互補完的に得ることが可能となります。本事例では、Zeiss Sigma VP電子顕微鏡にMonarc® Pro CL システムと EDAX® Octane Elite Super 検出器を組み合わせて使用しました。

顔料の分析

塗料に含まれる顔料を調べるという用途において、EDSとCLは、互いに補完的な情報をもたらします。元素組成が類似している顔料であっても、EDS単独では識別が困難な場合がありますが、CL像やスペクトルを観察すると明確に異なる結果を示すことがあります。原子配列の違いや欠陥、不純物は、物質の電子構造に影響を与え、特有の光学遷移を引き起こすためです。

 

また、CLは、EDSの検出限界をはるかに下回るような点欠陥や不純物濃度に対しても感度を示すことがあります。一方で、EDS信号は強く検出されるにもかかわらず、CL発光がほとんど見られない顔料も存在します。したがって、CLとEDSを組み合わせることで、それぞれの単独手法ではカバーしきれない限界を補い、複雑な顔料系についてより包括的な情報を得ることが可能になります。

蛍光アクリルインク

一般的な塗料やインクの外観は、主に可視光の吸収と反射の仕方によって決まります。これに対し、蛍光材料は異なる挙動を示します。入射したエネルギーを吸収した後、その一部を特定の波長の光として再放出することで、独特の鮮やかな外観を生み出します。走査型電子顕微鏡では、電子線を照射することでこのような材料を励起できるため、CLを用いて、その発光特性を高い空間分解能で調査することができます。

 

図1には、ある蛍光アクリルインクのデータを示します。この試料には、直径約200 nmの微小な球体が多数含まれており、それらが強いオレンジ色の発光を示しています。これらは単なる無機顔料の粒子ではなく、光学的に活性な色素を含んだポリマー粒子(ポリマーホスト)です。

 

蛍光インク試料のデータ a) 堆積したインクの形態を示す二次電子像 b) 擬似顔料球体からの強い発光を示すCL(カソードルミネッセンス)マップ、基板上のバインダーからも微弱な信号が確認できます c) CLスペクトル、 オレンジ色のインクでは約600 nm、黄色のインクでは約515 nmを中心とした波長で発光していることがわかります d) 球体とアルミニウム(Al)基板のEDS(エネルギー分散型X線分光法)分析結果の比較 球体部分には、ポリマー粒子に由来する強い炭素(C)信号が検出されています

図1. 蛍光インク試料のデータ a) 堆積したインクの形態を示す二次電子像 b) 擬似顔料球体からの強い発光を示すCL(カソードルミネッセンス)マップ、基板上のバインダーからも微弱な信号が確認できます c) CLスペクトル、 オレンジ色のインクでは約600 nm、黄色のインクでは約515 nmを中心とした波長で発光していることがわかります d) 球体とアルミニウム(Al)基板のEDS(エネルギー分散型X線分光法)分析結果の比較 球体部分には、ポリマー粒子に由来する強い炭素(C)信号が検出されています

 

自然界には蛍光を示す鉱物や化合物も存在するが、現代の製品の多くは、高い輝度を実現するために人工的な化合物に依存しています。こうした「擬似顔料」は、ポリマー粒子に色素を組み込むなど、いくつかの手法で製造できます。製造プロセスを厳密に制御することで、極めて信頼性の高い光学特性を実現することが可能であり、各球体間で発光波長が一定であることからもそれが裏付けられています。

 

蛍光インクは鮮やかな色を表現できますが、耐光性は限られている場合があります。日光(特に紫外線)に長時間さらされると、色素分子が劣化し、発光強度が低下します。電子顕微鏡による観察時にも同様の劣化が起こり得ます。これは、高エネルギーの電子線が色素と相互作用して損傷を与え、時間の経過とともに発光強度が低下するためです。

 

黄色の蛍光インクについても測定を行ったところ、515 nm付近にピークを持つ明確なCLスペクトルが確認されました。一方、EDSで分析すると、黄色とオレンジ色の試料は類似した結果を示し、いずれもポリマー球体から炭素が主要なシグナルとして検出されました。これは、色の違いをもたらしている分子構造上の差異が、EDS単独では容易に判別できないためです。

 

この事例は、CLが持つ相補的な価値を如実に示しています。これら2種類の材料は元素組成の面では類似しているものの、それぞれ全く異なる発光スペクトルを示すため、容易に識別することが可能です。

アイスイエローのアクリル絵具

より伝統的なアイスイエローのアクリル絵具のサンプルを見ると、バインダー(展色剤)の中に顔料が分散・混合している様子が確認できます。前述の蛍光インクとは異なり、この絵具には複数の顔料が混合されており、それらが組み合わさることで、目的の色と不透明度が生み出されています。

 

EDSによる元素マッピングを用いると、混合物に含まれる異なる顔料を迅速に見分けることができます。さらに、局所的なEDSスペクトルを分析することで、組成に関する詳細な情報が得られ、含まれている化合物の特定に役立てることが可能です。

 

例えば、最も大きな顔料粒子は、一般的な白色顔料の一つであるTiO2(チタン白)であることが確認されました。興味深いことに、TiO2は発光性を示すこともあり、広範なカソードルミネッセンス(CL)スペクトルを生成します。その発光挙動の変化は、不純物やその他の特性に関するさらなる情報をもたらす可能性があり、異なる由来を持つ顔料の法科学的調査や保存科学的研究において有用となり得ます。この塗料には、他にも酸化鉄(黄色)や方解石(カルサイト)などが含まれています。

 

また、図2dでオレンジ色の矢印が示すように、より小さな発光性の包含物もいくつか確認できます。これら約100 nmの蛍光粒子は、塗料全体にまばらに分布しているにもかかわらず、CLを用いることで容易に検出可能です。こうした粒子の存在は、塗料組成物全体の外観(光学的特性)に寄与している可能性があります。

 

オレンジ色のインクに見られた蛍光粒子と比較して、これらの粒子は電子線照射下でより高い安定性を示しました。これは、耐光性が向上していることに対応していると考えられます。異なる粒子から複数の発光プロファイルが測定されたことは、複数種類の粒子が存在していることを示唆しています。

 

「アイスイエロー」アクリル絵具のSEM分析 a) 表面形態を示す二次電子像 b) チタン(Ti)の元素マッピング c) 鉄(Fe)のマッピング、d) 方解石(カルサイト)のピークを青色で、2種類の蛍光粒子を緑色および赤色で示したCL(カソードルミネッセンス)合成像

図2. 「アイスイエロー」アクリル絵具のSEM分析 a) 表面形態を示す二次電子像 b) チタン(Ti)の元素マッピング c) 鉄(Fe)のマッピング、d) 方解石(カルサイト)のピークを青色で、2種類の蛍光粒子を緑色および赤色で示したCL(カソードルミネッセンス)合成像

まとめ

SEMは高い空間分解能を有しており、複雑な組成を持つ絵具の中に含まれる個々の顔料粒子を分離し、分析することが可能です。EDSを用いることで、多くの顔料種を特定・識別するための元素情報が得られます。蛍光色素化合物の場合、元素組成が極めて類似している、あるいは同一であるにもかかわらず、構造内における原子の配列が異なることがあります。この場合、EDSスペクトルからは区別がつかなくても、CLを用いることで、それぞれ固有の電子構造を調べることが可能です。

 

また、一般的な顔料の中には、EDSの検出限界を下回る濃度の不純物が光の放出(発光)に影響を及ぼすものがあり、これによって材料の由来を特定できる可能性があります。これは、法科学的調査や文化財の保存科学研究において有用なツールとなり得ます。

 

CLとEDSを併用することで、ナノスケールにおける個々の粒子の光学情報と元素情報を関連付けて把握することができます。これにより、それぞれの技術を単独で用いる場合よりも、顔料の特性をより包括的に解明することが可能となります。

参考文献

  1. Palamara, E., Das, P.P., Nicolopoulos, S. et al. “Towards building a Cathodoluminescence (CL) database for pigments: characterization of white pigments”, Herit Sci 9, 100 (2021), https://doi.org/10.1186/s40494-021-00575-4
  2. Georg Koschek, “Combined cathodoluminescence and X-ray analysis of paint pigments”, Journal of Microscopy 168, no. 1 (1992): 79-84, https://doi.org/10.1111/j.1365-2818.1992.tb03252.x
  3. Stoecklein, W. and Göbel, R. "Application of Cathodoluminescence in Paint Analysis," Scanning Microscopy: Vol. 6: No. 3, Article 4 (1992), Application of Cathodoluminescence in Paint Analysis