Cipherシステムを用いたリチウムイオン電池正極材料のリチウムのマッピング

Cipher® は、走査型電子顕微鏡(SEM)内のリチウム分布のマッピングに使用されています。エネルギー分散型X線分析(EDS)と定量反射電子像(qBSE)を組み合わせることで、金属酸化物正極材料中のLi含有量を測定しました。その結果、平均Li含有量は約23.8at.%であることが判明しました。

はじめに

近年、リチウム(Li)ベースの製品は、その優れた容量と軽量性により、様々なエネルギー貯蔵アプリケーションで大きな市場の支持を受けています。現在、電気化学電池の負極と正極には、さまざまな材料や化学物質が使用され、また開発されています。リチウムイオン電池の正極は、リン酸鉄リチウムとニッケルマンガンコバルト酸化物リチウム(NMC)で、世界需要の約3分の2を占めています。電池用途に使用される正極の特性を理解し最適化するためには、これらの材料の構造特性や元素組成を関連付けて制御し、電池寿命の向上に向けての研究が望まれます。しかし、粒子間や粒子内のリチウム含有量を適切な空間分解能で測定できるツールはほとんどなく、電池の劣化をもたらす重要なプロセスをモニターすることは困難です。

一般的に、電池のカソードに使用されるNMC材料は、酸化物の凝集粒子であり、充電されていないセルの状態では、25at%のLiを含んでいます。NMCの化学式は、Li(NixMnyCoz)O2です。NMCは一般的にニッケル、マンガン、コバルトの比率で表され、例えばNMC xyz(ここでxyzはニッケル、マンガン、コバルトの比率を表す)です。しかし、エネルギー分散型X線分析(EDS)のような一般的なマイクロスケール元素分析法は、Liの特性X線が発生する確率がLiイオンの結合状態に依存するため、電池材料のLi検出には適していません。多くの研究者が、専用のEDS検出器で金属リチウムから発生するX線を検出できるが、リチウムが酸素と結合しているとLiのX線が発生しないことを指摘して、正極材料として使用されている金属酸化物の評価において障壁となっています。

リチウムを用いたエネルギー貯蔵技術の研究が盛んに行われているため、リチウム含有量の信頼性の高いマイクロスケールでの検出と定量化の技術が求められています。しかし、Liの検出と定量化は、軽元素全般に言えることですが、走査型電子顕微鏡(SEM)によるマイクロスケールでの検出には大きな課題があります。しかし、最近、EDSによる元素定量と定量反射電子像(qBSE)を組み合わせた強度差組成決定法(CDM)を用いて、LiAlMg合金中のLi含有量の定量化 [1] に成功し、その後、酸化物にも拡大されました [2] 。
このアプリケーションノートでは、Li-CDMによって数百個のNMC 811粒子の構造とリチウムを含む元素組成をサブミクロンの空間分解能でマッピングするためにCipherがどのように使用されるかを紹介します。

測定方法

公称リチウム組成が7.3 ± 0.3 wt.% (25.0 ± 1.0 at.%)の市販のNMC 811粉末を、FE-SEMに接続したCipherシステム (model 475.125.70) で分析しました。試料はG3エポキシ樹脂に包埋し、PECS IIシステム(モデル685.OV)を用いてブロードビームアルゴンミリングにより断面を調製しました。ミリング中、リチウムのマイグレーションを防ぐために試料温度を-50℃以下に維持しました。その後、PECS IIのトランスファーポッドとiLoadlockシステムを用いて、不活性雰囲気下で試料をSEMに移し、試料本来の状態を維持しました。 

BSEおよびEDS分析は、それぞれCipherシステムのOnPoint(BSE)検出器およびOctane Elite Super EDS検出器を用いて実施しました。OnPoint検出器を用いて収集したBSE像の輝度スケールは、5つの高純度標準試料を用いて平均原子番号6~53についてキャリブレーションしました(図2)。すべてのデータ収集と解析は、DigitalMicrograph® ソフトウェアを使用して行われました。

結果と考察

二次電子(SE)とqBSE像から、直径約5~20 μmのNMC粒子が確認されました。これらの二次粒子は数百個の小さな一次粒子から構成されており、その大きさは通常50~<1,000 nmです(図3および図4)。 

SE像とqBSE像を比較したところ、qBSE信号には、Li-CDMで用いられる原子番号の寄与に加え、試料調製時のアーティファクトに伴うトポグラフィの寄与が含まれている領域(赤矢印で示す)があることがわかりました。したがって、トポグラフィーの影響が大きい領域は、Cipherによる組成分析から除外する必要があります。一部分析に向かない領域がありましたが、広範囲に渡って分析に適した試料を調製することが出来ました。

BSE信号の定量的な解析のために、加速電圧は10 kVを選択しました。この条件では、低加速電圧で顕著だったチャネリングコントラストの影響は小さく(図4a)、より小さなNMC二次粒子の分析に適した空間分解能が維持されることがわかりました(図4b)。 

EDSマッピングにより、~500個の粒子におけるNi、Mn、Coの分布が判明しました(図5)。Ni、Mn、Coの含有量の定量的評価は、連続X線由来のバックグラウンドを除去し、スタンダードレスeZAF補正法を用いて決定しました。平均Ni:Mn:Co比は、NMC 811粉末の公称組成と一致する8.07:1.0:1.01と判定されましたが、粒子の約5%は平均より50%低いMn含有量であることが判明しています。

元素マップとqBSEデータは、CipherのCDMアルゴリズム(図6)を用いてリチウム含有量を算出するために使用されました。2つのデータの統合は、各信号と同時に収集されたSE像の相互相関に基づいて行われました。x-y位置、回転、倍率、サンプリングの補正は自動で行われます。

NMC粉末の平均リチウム含有量は23.8 ± 3.9 at. %と測定され、公称値25.0 ± 1.0 at.%と比較して良好な結果です。予想通り、トポグラフィーの影響が強い一部の領域では、異常に高いリチウム値が算出されたため、除外する必要があります (図 6 の矢印で示されています)。粒子内のばらつきは小さく、粒子間のリチウム含有量に大きな差は見られませんでした。 

まとめ

Cipherは、NMC 811粒子約300個のリチウム含有量の推定に使用され、平均リチウム含有量は約23.8 ± 3.9 at.%と算出されました。これは、正極材料中のリチウム含有量をこのスケールでマッピングした初めての例であり、この興味深い結果は、電池セルの充放電サイクルにおけるリチウムのマイグレーションをマイクロスケールで研究できるようになる道を開くもので、電池寿命向上に向けて構造および組成の改良に関する新しい洞察をもたらすことが期待されます


参考文献 

[1] J.A. Österreicher et al., Scripta Materialia 194 (2021), 113664
[2] J. Lee et al., Microsc. Microanal. 28 (2022), p548-550