4D STEMとは?
走査透過型電子顕微鏡法 (STEM) では、電子ビームを数ナノメートルから原子サイズに近いレベルまで電子が透過する試料に絞ります。入射した電子が試料と相互作用し散乱されることで様々な種類の信号を測定することが出来ます:
- X線 (EDS)
- 後方散乱電子
- 光 (カソードルミネッセンス)
- オージェ電子
- 二次電子
- 非弾性散乱電子 (エネルギー損失分光法)
- 弾性散乱電子 (電子線回折)
4D (四次元) STEMでは、収束された電子線プローブは試料上を二次元列 (2D) として走査され、各プローブ位置に対して二次元 (2D) の電子線回折図形がピクセル検出器に投影されます。結果として更なる解析が可能な4Dデータキューブが生成されることになります。
動画提供 : Colin Ophus, Molecular Foundry手法の呼称について
収束電子線プローブ (STEMを含む) を用いた電子線回折実験に関して、文献などではいくつかの呼称が用いられています。:
- 収束電子線回折 (CBED)
- マイクロ・ディフラクション
- ナノ・ディフラクション
- ディフラクション・イメージング
さらに4D STEMの手法では、これ以外の呼称が用いられます:
- 位置分解電子線回折 (Position resolved diffraction, PRD): 単なる線分析に代わって二次元の走査が用いられるようになった初期に使用されていました
- 空間(位置)分解電子線回折 (Spatially resolved diffractometry): 仮想的な像観察のアプリケーションにフォーカスしています
- 運動量分解STEM: 4D STEMの別称, 実空間と運動量空間の情報を評価し同時に組み合わせることが可能なため
- 走査電子ナノディフラクション、ナノビーム電子線回折 (NBED): 通常、ナノメートルスケールのビームを用いる際に使われます
- ピクセルSTEM
STEM 検出器
一般的なSTEM検出器では通常環状の形状を有しており、各電子プローブ位置に対してひとつの信号値を保持します:
- 明視野 (BF): 散乱されていない透過ビームの信号を収集します (取り込み角 < 10 mrad)
- 環状明視野 (ABF): BFと同一ではあるが、円形の検出器全体を使用する代わりに明視野ディスクの外側の環状の領域のみ利用することで、独特なコントラストの効果が得られます
- 環状暗視野 (ADF): 散乱電子の強度を収集します (10 mrad < 取り込み角 < 50 mrad)
- 高角環状暗視野 (HAADF): 一般にはZコントラスト法とも呼ばれ、ADFで取得するものと比較してより大きく散乱された電子の強度を収集します。結果としてブラッグ散乱電子の影響を抑えます (取り込み角 > 50 mrad)
メモ: 上記の取り込み角は200kV収差補正器無しに対しての物であり、装置に適した設定は変化します。
単一の信号値の検出器に対して、複数値を保持する検出器(各電子ビーム位置に対してひとつ以上の信号を検出)が存在します。これらの中で最もシンプルな物は四分割であり、他の様々な種類の分割型検出器が存在します。これらの複数値を保持する検出器は4から16分割ではあるものの通常これまでと同様に環状であり、差分の測定に用いられています (微分位相コントラストの節を参照ください)。
より一般化された複数値を保持する検出器がピクセルSTEM検出器です(例えばカメラ)。コンピュータ性能の向上と共に高速、高感度、高ダイナミックレンジの検出器(直接検出型を含む)が利用可能になったことで、近年大容量の4D測定が可能となりました。
4D STEMデータの利用
材料科学分野における4D STEMのアプリケーション例をご紹介します。しかしながら、他の測定例や各手法に他する詳細については、 Microscopy and Microanalysis 25, 563-582, 2019 を一読されることをお勧めします。
4D STEM 電子線回折の主なアプリケーションのひとつは仮想像観察です。この手法では以下のような情報が得られます:
- 仮想制限視野ディフラクションイメージ: 4Dデータキューブ中の実空間上の複数の電子線プローブ位置(ピクセル)から得られたディフラクションイメージの積算
- 仮想明視野/暗視野像: 回折図形中の一部のピクセルの強度に対してある計算処理(積算、減算など)を行い、仮想像中の相当するピクセルにその値を適用
通常のSTEM像観察と比較して、仮想像観察は:
- 実際の電子顕微鏡では実現が困難な様々なSTEM検出器の組み合わせや配置の設定、およびアプリケーションが可能
- 観察中に同時使用が可能なSTEM検出器の数や取り込み角度範囲の制限がない
- 高いシグナルノイズ比の像が得られ、試料の湾曲や動的散乱 (Ultramicroscopy 155, 1–10, 2015) の影響を低減
走査型電子顕微鏡 (SEM)における電子線後方散乱回折 (EBSD) のように、TEMにおいても4D STEMを使用することでより高い空間分解能で方位マッピングが可能です。これには二つの方法があります:
- 菊池線へのフィッティング : 試料厚さがある場合に有効。しかしながら局所変形量が大きい場合には測定不能
- 回折スポットへの指数付け : 薄い試料に有効。テンプレートマッチングの手法を利用 (自動化も可能)
材料の機械的、電気的特性は局所的な原子間隔(ひずみ)に直接関連づけることが出来ます。TEMにおける様々なひずみマッピングの手法の解説と比較のためには、MRS Bulletin, 39, 138-146, 2014 参照されることをお勧めします。特に4D STEMを使用する場合、ひずみの測定には二つの方法があります:
- CBED: 高次ラウエゾーン (HOLZ) の構造を丁寧に測定します。この手法には、試料を特定の方位に傾斜させる必要があり、試料厚さにも制限があります。
- NBED: 原子間隔と回折スポットの間に逆比例の関係があることを利用します。
NBEDを使用したひずみマッピングでは特定の晶帯軸の視野だけに限定されることはありませんが、実空間の分解能と逆空間の分解能との間でバランスと最適化を図る必要があります:
- 大きな収束角 (小さなSTEMビーム径) : 実空間の空間分解能は向上するものの、ひずみ測定の精度は低下します
- 小さな収束角 (大きなSTEMビーム径) : ひずみ測定の精度は向上しますが、空間分解能は低下します
メモ: 収束角に加えて、プリセッション電子線回折法 (PED)の適用によって回折ディスク中の不均一性を最小化しひずみ測定の精度を向上させることが可能です。
4D STEMによるひずみ測定は結晶性材料に限らず、非晶質や準結晶材料にも適用することが出来ます (Applied Physics Letters, 112, 171905, 2018).
これまで分割型STEM検出器が電子ビームの偏向量の測定と試料の電場(静電場勾配)への相関付けに用いられてきましたが、この検出器の欠点のひとつはある範囲の空間周波数に渡る情報伝達効率に制限がある点です (Optik, 54, 83-96, 1979)。4D STEMは各ピクセル位置における透過波ディスクの重心位置 (COM) の移動を測定し、COMの変位量に基づくベクトルマップを用いた電場を計算することでこの制限を乗り越えることが可能です。DPCは薄い試料の(投影)静電ポテンシャルが直接解釈可能な像として得られることから、軽元素の像観察が可能です(大きな散乱能を有する重元素のHAADF、Zコントラスト法とは異なります)。